Feb 23, 2011
私は人生で初めて通ってスポーツクラブ
皆さんは、これまでどのようなスポーツクラブに通っていたのですか?私は人生で初めて通ってスポーツクラブ卓球クラブでした。元卓球は小学生の時の冬、学校の行事していたため、経験はありましたが、本気で卓球がうまくいってみたいと思うようになったのは中学時代卓球部に入ったのをきっかけにした。その辺卓球のスポーツクラブに通うようになったのですが、やはり通い始めたとはまったく違うということが明らかになった。講師は丁寧に教えてくれて、気がかりなことを質問するとわかりやすく教えてくれたりして、通って良かったと思いました。将来子供ができたときには同じように楽しい経験をさせてあげたいです。私の友人は、大きなjリーグのファンです。間が本拠地のチームのファンです。その本拠地に一度のサッカーの試合を見に行ったことがないんですが。さすがのですね。場所は、言ってしまえばまあ裏なんですが。また、そのチームのサッカーユニフォームを着た人がいっぱい。あちらもこちらも赤サッカーユニフォームの人だらけです。
ここ数年、NHKは定期的に中途採用を実施しているが、7月26日に締め切った「キャリア採用試験」に、予想をはるかに超える志願者が殺到して話題だ。NHKが募集したのはディレクター、プロデューサー、記者、番組管理の4職種。人数は若干名だが、デジタル化を理由にまとまった人数を採用するともっぱら。とくに今回は募集要項に「年齢不問」とあったのを見て、反応した人が多かったという。
「応募者のプライバシーは守られるとはいえ、この手の話は伝わるのが早い。NHKは若くて優秀な人材を希望していますが、多かったのはアラフォーの志願者。局別では日テレとTBSが多かった。エンドロールでよく名前を見かけるディレクターの名前もあって、志願者は3桁に近かったからNHKの方が驚いたみたいです」(放送関係者)
NHKは受信料収入で経営され、職員の年収は30代で1000万円を超えるといわれ、今や多くの民放より高給取りなのは有名。人材がNHKに流れるのもありだ。
しかし、そんな民放側の事情はわかるとして、なぜ1万人を超える職員がいて、優秀な人材もいるNHKが中途採用しているのか。受信料収入が足りないといってインターネットでNHKを見ている利用者からも徴収すると言い出しているから矛盾している。
放送ジャーナリストがこういう。
「NHKはこれからネット・通信事業と3局を2局にしたBSの制作に力を入れます。とくにBSは外部制作を全体の4割にする意向で人脈、仕事上の交渉に長(た)けている人材を必要としている。それには即戦力が必要ということです。それでも人材なら局内にいくらでもいると思うのが普通ですが、幹部に聞くとそうでもない。“使えるのは一部。ダメな局員が多くてね。それでも辞めさせるわけにはいかないし”と嘆いています」
ダメな人材を抱えているのはNHKの責任なわけだし、結果的にそのツケを視聴者に回すとしたらとんでもない。ダメな民放にオサラバするTVマンがいるのは仕方がないとしても、NHKは中途採用の前にやることがあるんじゃないか。
(日刊ゲンダイ2011年8月15日掲載)
スキルス性胃がんで内縁の夫が死去――。14日、アパレルメーカー「リンク・セオリー・ホールディングス」社長兼CEOの佐々木力氏(享年60)の通夜が東京・青山葬儀所で営まれ、萬田久子(53)が喪主を務めた。通夜には津川雅彦や西田敏行、西城秀樹、米倉涼子、宮沢りえら萬田の知人が参列した。
萬田は87年に佐々木氏と不倫の末に、長男を出産。その後94年に佐々木氏が正式に離婚後も入籍はせず、亡くなるまで内縁関係のままだった。それだけに通夜で気になったのは家族の姿。萬田の長男が通夜には赤ん坊連れで現れた。この“結婚”の詳細は不明。また、佐々木氏には前妻との間に1男2女がいて長男と次女だけが参列。前妻と香港で出産したばかりの長女の姿はなかった。
一部報道では、別の女性とその間にできたといわれる女の子もいるといわれているが……。
気丈に振る舞っていた萬田も囲みでは涙をこらえきれず。複雑な家庭環境の後見人は長年親交があるプロゴルファーの青木功で、今日の葬儀・告別式で弔辞を読む。
(日刊ゲンダイ2011年8月15日掲載)
<エンジェルひばり>
美空ひばりのモノマネといえば最近は青木隆治が引っ張りだこだが、10年ほど前、デフォルメメークでひばりのモノマネをしてワイドショーやバラエティーをにぎわした芸人がいた。エンジェルひばりさんだ。今どうしているのか。
ハンチングにカジュアルなパンツ姿で新宿のホテルに現れたエンジェルさん。ノーメークだと拍子抜けするほどフツーのオジさんだ。
「茶色い眉毛に歌舞伎のような目張り、唇はタラコみたいで、メークすると化け物でしょ。だけど、これでもちゃんと美空ひばり後援会“公認”なんですよ。最初、『美空つばめ』って名前で活動してたら、“美空とは何事だ”って後援会からクレームがついて。で、『エンジェルひばり』でどうでしょうっておうかがいを立てたら、オッケーが出たんです」
岡山県出身。15歳のときに「岡山歌謡選手権」で準優勝したのをきっかけに関西ローカルで歌手デビュー。全国区を目指し、18歳で上京し、“芸能界のロッキード事件”で知られる大原みどりと同じ事務所に。「今津ひろゆき」の芸名で活動したが、30歳を過ぎた頃から5歳のときに遭った交通事故の後遺症で右耳がまったく聞こえなくなり、歌手を断念した。
「平成3年に600万円ほど借金をして千葉の柏に広さ10坪のコミックパブを出しました。そこで美川憲一さんや小林幸子さん、淡谷のり子さんなんかのモノマネをしてたんですが、自分では一番似てないと思ってたひばりさんのモノマネが、ワイドショーが取材に来るほどウケましてね。それでひばりさんのモノマネで一旗揚げよう、と思いついたんです」
人気に火がついたのは平成7年、ある週刊誌に載ったエンジェルさんと小林旭のモノマネをしている大林旭との「ひばりと旭が再婚」なる企画。
「ホント、パ〜ッて感じで忙しくなって、ワイドショーやバラエティーにどんどん出るようになり、それに営業も加わって、平成7年から3、4年間は具合が悪くても病院に行けないほど忙しかった。月収も150万円から300万円あって、それですっかり勘違いの成り金芸人になっちゃいました」
持ち物はすべてヴィトン。真っ白の800万円のベンツを即金で買った。
「衣装にもおカネをかけて、100万円以上する『大島』や『辻が花』の着物をどっさり買ったし、ひばりさんの東京ドームでの復活コンサートで有名になった“不死鳥ドレス”は3着持ってて、1着50万円。スタイリストの先生にそっくりに作っていただきました」
衣装だけで1000万円単位で使ったそうだ。
「あと、『北京原人』ってビートたけしさんのお弟子さんの漫才コンビに入れ込んじゃって、タニマチみたいなことを3年くらいしてました。エンジェルひばり主催で彼らのために1回60万円くらいかかる漫才ライブを年に何回もやったり、飲んでる席に呼びつけてネタをやらせたり、もうメチャクチャですよ。あのおカネが残ってれば、今ごろは楽できたんでしょうにねぇ」
最近は営業を月に5〜7本ほど。JA年金友の会や生保がお得意さまだ。
世田谷区内の2K、家賃14万円の自宅兼事務所の一軒家に猫とトカゲと暮らす。
(日刊ゲンダイ2011年8月15日掲載)
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